闘争団員へのカンパ凍結問題

(2004/10更新)

 国労本部は、降伏を拒否して鉄建公団を訴えた訴えた闘争団員約300人に対して、組合員が月1,000円づつ出しているカンパからの生活援助金、月25,000円を凍結するという暴挙に出ました。これに対して、組合員の有志がおこした凍結解除の仮処分が負けたため、私は、カンパの拠出先を変えることにしました。

 仲間へのメール …本部を提訴すると分会集会で発言しました…

 仲間の皆さんへ

 (略)…昨日中央委員会が開催され、一昨日の全国代表者会議では決まらなかった臨時全国大会の開催を決定したようです。この大会は四党合意派にとっての文字通り最後の機会ですから、彼らは与党側の求める裁判の取り下げと闘う闘争団の切り捨てを必ずやり遂げるでしょう。残念ですがこの大会は瀕死の国労に死亡宣告の出される大会になると、私には思えます。だからといって放っておいていいというわけではない。大会を通して、今後の闘いがどの勢力によってどのような規模で闘われていくのかということが見えてくるわけで、大会まで、出来る限りの闘いをしていく必要があると思います。

 さて、昨日分会の執行委員会兼全体集会が開かれて、その最後に「闘争団への生活援助金停止をやめるよう求めて本部を訴える訴訟に参加する」と言いました。書記長があわてて「全体が団結して解決を求めていこうというときに、それはまずい。分会に何の相談もなくそんなことをしてはいけない。保留にして分会と相談してほしい」と言いましたが、「もうだしちゃったから止まらない」と押し切ってしまいました。私はうかつにも訴訟に参加したら分会で問題になるということを考えていなかったのですが、考えてみれば当然ですねえ。組合員が見守るなかで10分ほど言い合いをしてしまいました。言い争いは嫌いですが、しょうがないですねえ。私は、私自身が10中8、9清算事業団送りになる予定で、そのための施設も計画中だったのが、たまたま本州の定員割れでJRに採用されたこと、闘争団になっていたら、たぶん四党合意に反対して闘っていただろうということ、だから、本部が生活援助金を凍結して闘争団を切り捨てるのなら、闘争団と行動をともにするつもりだと言いました。7,8人いた組合員は真剣に聞いてくれ、書記長は「気持ちはわかる、わかる」と言って、言い争いはそれで終わり。その後の飲み会は和気あいあいといつもの通りでした。たぶんこれからも分会内で波乱はあるでしょうが、乗り切れると思います。実は、うちの分会には節目ごとに東京闘争団のXX氏がやってきて挨拶をしており、私が「XXさんも5月から生活援助金をうちきられるのだよ」と言ったら、書記長以外誰もそのことを知らなかったようで、事態の深刻さを少しは分会の仲間に分かってもらえたような気がしています。今後、訴訟がどれだけの規模で闘われるようになるのか、とりわけ支部内でどういう布陣での闘いになるのかによって、状況はずいぶん変わりますが、これから訴訟に参加しようとする人は、分会内でどのようなことがおこるのか、あらかじめそのことも考えた上で行動されるほうがいいと思います。

 27日の臨時大会はやはり社会文化会館でしょうか。明け番なので、私は国労が死ぬところを見に行くつもりです。実力行使には参加しないつもりなので安心してください。

 「がんばれ国労闘争団」のページへのレポート

 がんばれ国労闘争団編集部様

 国労新橋支部組合員の久下です。国労内で、闘い続けようとする部分とそうでない部分の亀裂はますます深まりつつありますが、われわれ組合員が拠出してきた月1,000円のカンパも、本部の意向に反して鉄建公団を訴えた約300人の闘争団員と家族に対しては支給が停止されています。私は、すべての闘争団員と家族に渡すよう、国労本部を訴えた裁判の原告になりましたが、先日、仮処分は残念ながら敗訴しました。その後、どうしようかと考えていたのですが、今月から本部に支払うのはよして、支払いを停止されている方々のほうに回そうと思いたちました。それで、鉄建公団訴訟を中心に、解雇撤回・JR復帰を闘っている国鉄闘争共闘会議に送ることにして、先日、本年後半分(1,000円x6ヶ月と一時金2,000円)に若干のカンパを加えた額を送金しました。平等に支給されるまで半年ごとに送金するつもりでいます。

 もちろん私は、意見の分かれている闘争団員のうち、一方だけを支援するつもりはありません。あくまでも、すべての闘争団員と家族に生活援助金が平等に支給されることを求めているのですが、現状では集まったカンパは一方にしか渡らない。今、およそ1/3の闘争団員が支給を停止されているわけですから、1/3の組合員が自主的にカンパの送り先を変えれば、結果的に平等な支給が実現できると思うのです。ついでに言えば、本部に渡っている月1,000円のカンパは「任意」ということになっていますから、本部に渡さず、自主的に拠出先を変更することは、組合のルールから言っても、まったく問題ありません。

 この件については、先日、分会の非番者集会で「今後、分会には払わない。止められている方の人たちに渡す」と発言したところ、居合わせた三役は「気持ちはあなたと同じです」「いいよ」と言ってくれましたが、分会としては動けない状況ですので、私は友人からはじめて、これから一人一人仲間を増やしていこうと思っています。

 9月の全国大会では、鉄建公団訴訟原告の除名さえ取り沙汰されていますが、今、必要なのは「四党合意」路線が破綻した事実を見据えて、それを推進してきた指導部がまず責任を取ることでしょう。しかし、そんな話はまったく聞こえてきません。機関役員の多数はすでに、国家的な不当労働行為の事実を歴史から抹殺することに手を貸し(=JRに法的責任なし)、闘争団を切り捨てて企業内の労使協調体制をつくるという道以外は見えなくなっているようです。悲しいですね。

2003/08/22

 仲間へのメール …分会大会、本部書記長も脱退…

 仲間の皆さんへ

 久下です。新しい年も早1ヶ月。皆さんいかがお過ごしでしょうか。戦争反対の勇ましい年賀状を送った私は、その後何もせず怠惰に過ごしています。明日、25日には大きな集会が予定されていますが泊まりで行けませんし。せめて3月20日に予定されている大集会には行くつもりです。皆さん、参加しましょう…って、3月まで何もしないつもりなのかよ!! 自衛隊がイラクに行くといいうのに。

 1月15日に分会大会がありました。18人(だっけ)のうち12人が参加しました。○○地区で二桁の分会は、うちと××だけになってしまったそうです。議案は昨年からのどたばたには何もふれない、ありきたりのもの。みな早く旗開きの飲み会に移行したくて、淡々と議事は進みます。ちょっと躊躇しましたが手を挙げました。
「昨年の全国大会で方針を提案した書記長と、22名を権利停止にした統制委員が、大会の1ヶ月後に脱退したわけですが…」
 と話し始めると、それまで和気あいあいだった雰囲気は一変、真っ暗になってしまいました。

「解雇された本人が、あくまで闘うと言っているのに、それをさせず、JRに責任はないと認めさせようとして、できないと知ると脱退した。脱退した者が決定した統制処分も、生活援助金の凍結も無効だ。生活援助金凍結の解除、処分の撤回にむけて、分会として声明をだすなり、何かできないか。私は援助金カンパを昨年から凍結された方に回しているし、処分撤回の署名もしている。協力できるひとは協力して欲しい」
 と言いました。北海道からの広域採用者である書記長は「皆の意向がそうなら、何かできるかも」と、前向きでしたが、残念ながら私に賛同する意見は出ませんでした。

 「分会としては組織決定にそって行動すべきだ」という意見が数人。あと一人、
 「17年間も闘っているのはすごいことだと思うが、もう年数がたった。闘争団の人の話を聞くと、そうか、頑張っているなと思うが、日常に戻ると、もうカンパもやめようかとも思う」
 という意見。結局、書記長は「分会としては組織決定にもとづいて行動します」と集約しました。私も、それに異を唱えることができず、残念ながら協力してくれる仲間を増やすことはできず、問題を提起しただけで終わってしまいました。新年早々、不景気なメールで申し訳ありませんが、これもひとつの現実でしょう。ほとんどの分会では闘争団のことや、本部のごたごたなどまったく議論されないままなのかなあとも思います。

 さて、Aさん。このメール読んでいるでしょうか? ご無沙汰しておりますし、2年前に送っていただいた介護についての文章もお蔵入りさせたままで、まことに申し訳なく思っております。メールを介して、皆で文通(死語!ハハッ)が復活すればと思っています。いや、年をとりましたね。私も今年50になります。50代の男どおしの文通というのも気味悪いな。○○駅には髭のXが信号に、Yさんが出札にいて一緒に働いています。Yさんは東労組ですが、もちろん仲良しです。

2004/01/24

 仲間へのメール …やっと凍結が解除されたようですね…

 仲間の皆さんへ

 先日、分会の役員から、「おい、解決したからカンパ払えよな」といわれて、生活援助金の凍結が解除されたことを知りました。それで、国鉄闘争共闘会議のページをみると、本部が本年7月分から一方的に凍結を解除したこと、凍結された側は、凍結時点(2000/05) にさかのぼって解除せよ抗議していることを知りました。

 全国大会を巡っては、本部と鉄建公団訴訟原告団の間にいろいろとやりとりがあったようで、本部は統制処分の撤回と生活援助金の凍結解除をえさに、原告団の自立した闘いに何とかひもを付けようとしたようですが、もう、闘いはいかにも国労的なそうした取引で曖昧な決着ができるような状況ではなくなっている。国労の外に、闘争団が主役となった闘いがしっかりとできあがっている訳ですから。それで、本部は仕方なく、一方的に解除した。なぜ解除したのかはわかりません。知っている人がいたら教えてください。

 さて、全面解決ではないにしても、一応、今後生活援助金は差別なしに支給されるようになったわけで、今後は分会に渡してもいいかなあと思っています。共闘会議にそのようにメールしてみて、凍結された側に異議がなければ、今月ないし来月分から1000円のカンパを再開するつもりです。

2004/10/12